読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

おじさん系営業ウーマンの思いつかない日記

潰瘍性大腸炎になったメンヘラ女子が独り語り。

思いつかない

生まれついた頃より、よくしゃべる子供であった。


9つ年の離れた妹は内弁慶で、外ではあまりしゃべらない、という。


私はどうしたものかずっとしゃべることによって自分を保っているようである。


小さい時、よく一人でしゃべっていたと母親に言われた。

おぼろげな記憶であるが、一人芝居をよくしていたことがある。

一人3役くらいでぼそぼそとしゃべっていたような。


それから時が経ち、中学高校時代立ち過ぎる口で教頭と喧嘩をし、世渡り上手というのは私のための言葉ではないことを痛感する。(今でも思い出すだけで発狂しそうだ)


大学に入ってからも、立ち過ぎる口で教授と喧嘩をし、世渡り上手というのは私のための言葉ではないことを痛感する。(2回目)


ツイッターでもアプリを開けば口をも開くと言わんばかりの浮上ぶりで、久しぶりに会う友人にさえ、ツイッター見てるから久しぶりの感じがしないと言われてしまうほど。

フォロワー全員私の日常をよくご存知だ。

(最近めっきりタイムラインが企業かbotで埋め尽くされて、またここでも一人芝居をしているのかと呆れてしまう。滅べ!ROM専!)


最近立ち過ぎる口のせいで、無言の勝利という言葉が身にしみる。

私もこの口を少しでも封じればもう少し生きやすくなるのではないかと感じる。が、口は止まらない。


まあ平たく言えば かまってちゃん なのであろう。

私の言葉によって、誰かになびいてほしい。共感してほしい。私のことをわかってほしい。

口が立ち過ぎるので、もちろん人当たりは良いとは言えず。その寂しさが更に口を助長させる。


子供時代の厳しいしつけのせいもあるのだろうか、あまり褒めてもらった記憶もなく。常に親の理想でいることを求められていた気がする。


あまり周りのせいにするのはよくないと最近学んだので(そんなつもりないんだけど、周りの人には周りのせいにしていると怒られる)、この減らない口を活かすしかないなあとぼんやり思う。だからレポートとかプレゼンとかは得意。無駄に。


一応バイトでは某塾で講師をしてしゃべることを仕事にしている。室長には褒めてもらえるし向いているのではないかと思う数少ない私の居場所である。


ツイッターで中高大の同級生に私の日常を晒すのが嫌になってきたのでここでひっそりしゃべることにする。(ツイッター見てるよ、その言葉がなんか馬鹿にしてるように聞こえてくるんだよなあ、せいぜいツイッターで一人語りしておけば。的な。ああ、最近他人から馬鹿にされてると思うことが多くなった、また生きづらい、悪い癖。)